人生、楽しからずや!

京都の端っこに住んでる中の人

忘れることは人を幸せにするのか

私は、記憶力がいいと思っていた。

 

人の顔と名前を一致させて、思い出すことがとても得意だとこの仕事についてから気づいたのだ。

 

しかし、最近、思い出せないことが多い。

 

なぜか?

 

この仕事についた頃は、あまり仕事を任せてもらえなくて利用者さんとおしゃべりばかりをしていた。主な仕事はおしゃべりすること。

 

そういう仕事だから、利用者さんの話をよく聞く。よく聞くということは利用者さんのエピソードをよく聞くことになる。「〇〇の末裔」だとか、「戦争の時、焼夷弾が目の前を落ちてきて防火水槽に飛び込んだ」とか。

 

利用者さんは基本的に高齢者なので、朝から晩まで何度も同じ話を初めて話すことのように語ってくれるので自ずと覚えるのだ。もう、これは刷り込みに近い。

 

エビングハウス忘却曲線、忘れた頃にまた同じ話をしてくれるので記憶に残りやすい。だから、顔と名前をバッチリ覚えているということに繋がる。

 

また、エピソード記憶は記憶に残りやすいのだ。

 

しかし、最近は毎日、他の業務に追われて利用者さんと関わることが少ない。

一時的に覚えようとはするが、がっつりと記憶に残ることが少なくなった。

見たことあるけど、名前がわからない。名前を聞いたら、あぁ、そんな名前だったなとか、名前は知ってるけど顔がわからない。顔をみてあぁ、この前のということがよく起こるのだ。

 

一時的におぼえる。忘れる。を繰り返している。

 

しかし、最近わかったことは、覚えようとして覚えてないことも多いのだ。私のいるショートステイというところは高齢者がお泊まりしにくるところなので、最短で1泊2日、長期滞在が最大30日で利用しにくる。お試しに1泊2日をしにくる新しい利用者も増えた。

 

意識的に覚えるという作業はとてもストレス。別に覚えてなくても、実際その方を見たらわかる程度の記憶で充分ということがわかってきた。良い意味でいえば、手の抜き方がわかってきたということだ。

 

記憶力の低下ではない。仕事の仕方が変わってきた。

 

意識的に覚えようとするときちんと記憶して、いつでも思い出せる引き出しは持っているつもりである。容量がパンパンになったら、美化して(解像度を低く)取っておくことができるようだ。

 

「嫌なこと」でさえ、忘れるというのが得意になった。何ヶ月か前に書いた文章でさえ、そんな詳細に書いてたのかと今読み返すと思うのだ。

 

「忘れる」ということが決して悪い訳ではない。

人間が幸せに生きていくための知恵なのだ。

 

毎日がアルツハイマー

毎日がアルツハイマー

 

 母の介護のために、オーストラリアから帰国した映画監督。

自分の母の介護を明るく書いている。リハビリパンツを「神パンツ」というユーモアは専門職としても私も見習いたいところ。ユーモアあり、笑いありで、ためになる。

認知症になっても幸せに生きていけるとこの本を通じて思った。

この監督がシリーズ第三弾(ファイナルらしいが)をクラウドファンディングで資金集めてたので支援した。もう、完成間近らしいのでとても楽しみである。

 

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