人生、楽しからずや!

京都の端っこに住んでる中の人

彼との思い出は夢の中

 

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遠い記憶の中で、いつも同じ夢を見ていることがあった。

大きなお屋敷の塀がある曲がり角にいつもあの人はいて、何か私に語りかけるところで目が覚めるのだ。

 

ある期間だけ、眠りの浅い朝方にその夢をいつも見ていた気がする。明らかに私はその人に好意をもっていて私より背の高い人だった。

しかし、顔はいつもぼやけてわからない。

 

ある日、私はその夢をまた今日も見るぞと意気込んで布団に入った。その時は、眠れないなぁと思いながらも徐々に眠りにつく快感を感じながら寝た。

 

意識が夢と現実とも言えない感覚、いつもの大きなお屋敷の塀がある曲がり角。

キタキタキターと内心思いながら、私は夢での行動を何かしていた。

 

しかし、一向に彼は現れない。もう、場面転換してしまうではないか。そう思った瞬間、目の前の坂を彼が降りてきて私に話しかけるのだ。

 

「待ってて」

 

そういうのだ。私は、「待ったよ」と言おうとしたが目が覚めてしまった。

 

それから、私はその夢を見ない。どんなに思っても見ないのだ。あの時のことを思い出してこうして書いているが、懐かしい思いになるだけで誰ともわからない彼を待っている自分がいるのだ。

 

あの人は誰だったのだろう。もしかしたら、夢の人じゃないかもしれない。現実世界でもう自分とあっているのかもしれない。けれど、それは探しちゃいけないような気がしている。

 

前世をリーディングする占い師が、「今、出会った人は過去でも出会っている人です」といったことを思い出した。そして、関わりの深い人物は、今も昔も大事な人なのだ。

戦争中に捕虜となり、奴隷にされようとしているところを助けてくれた将軍とか、私の身を案じてくれる娘の存在。母や妻など多くの人が私に関わっている。それは今も昔も変わらない存在で前世での課題を今世で実現しようとしているようなのだ。私は前世での性別は女であったり、男であったり。今の友だちも妻であったり、母であったりする。

なんとなく海があまり好きでないのも前世で、愛していた夫無くし周りの勧めで再婚して海の側で好きでもない人と暮らすことがあったエピソードがあったらしい。戦争ものなど、すぐ悲しくなるのは戦争にいった息子をずっと待っていた母であったらしい。

ギリシャパルテノン神殿を見て懐かしいなと思ったりしたのも前世の記憶らしい。

なんとも説明ができない思いやデジャビュのような感覚は自分に関わりがあったことが多いようだ。

 

それを実証することはできないが、別に何も私はその占い師に自分の実情を話したことはない。ほとんど会話もなく、リーディングは進むのだが、どこを見ているともわからない目で読み取っていくのだ。三つ目(三只眼のイメージ)がある額に焦点を合わせてリーディングをしていくのだ。

こんな人間見たことない。そう思った。

適当なことをいったとしても楽しませてくれているのでそれはそれでいいと思うし、信じるも信じないも自由である。でも、時代考証など、あとで調べていくと実際にあった時代とか装束がピタリと当たっているのだ。

 

昔から空想や妄想の中でほぼ生きていたような幼少期を過ごした私にとっては大好物のものだった。それを誰かに話すこともなく、人生を歩んできた。

 

いや、一人だけ自分の闇については話したことがあった。小学生の時に一人だけ。周りの大人で自分の理解者だと思っていた人が一人。

 

押入れを開けると時折、襲われるブラックホールのような闇。吸い込まれそうでクラクラするのだ。そこで、しばらく意識を失っていることもしばしばあった。いつも、家で一人の時に起こるのでその時に見つけられることは、ほぼ皆無だった。誰にも見つけられることなく死ぬんだなといつも思っていた。

 

人知れず、死ぬ。死んでいた時には自分はこの世にいないので誰とも会わないのだ。会いたくても会えない。それが、死だと思っていた。魂だけ、そこにいたとしても意味がないのだ。触れ合えなければ、その感覚がなければと思っていた。

闇は誰にも理解されないだろうと思っていたが、ただ一人わかってくれる大人がいたのだ。私もそうだと闇を抱えて生きているのだと言われた。

 

その大人は大きくなって会うことがあっても、もう、別の人になっていた。自分が変わってしまったのだ。その人は少し歳を重ねた風貌ではあったが、私をいつも理解しようとしてくれた。

 

人って不思議な存在で、言葉も人が発明したものだ。そして、物に名前をつけたのも人間で言語は違えど、人と人と交流するときの大事なツールになっている。また、ノンバーバールなコミュニケーションもできる表情や息遣いで人の思いを読み取ったり予測する能力があるのだ。

 

それは、考えれば考えるほど不思議なことである。今、ここに生きていることをずっと続けていけば歴史になるのだ。事象、事象のつなぎ合わせが歴史。

 

夢での彼との思い出「待ってて」と言われたことは私の頭の中では事実である。それが夢であれ、現実であれ私には事実なのである。それになんの意味があるのか、それはわからない。

 

けれど、これだけは言える。生きることが楽しいと思って今生きている。

暗闇で見つけた一筋の光。それが、夢の中の希望なのだ。

 

 

 

パイちゃん大好きだったなぁ。三只眼になりたかった(笑)

未だに家にある、この原作のカレンダー。

 

 

 

 

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